成田国際空港が開港から40年!!地域住民の声をカタチに更なる機能強化の推進を!!
みなさんこんにちは、成田市議会議員の雨宮しんごです。
今日は5月20日ですね。
みなさん今日がなんの日かおわかりでしょうか。
実は、成田国際空港の誕生日になります。
そして、今年で開港から40年と節目を迎えました。
私と同じ年の1978年生まれ。(私の誕生日は10月31日です。)
成田空港40年、客に「ありがとう」ハンカチ
成田空港は20日、開港40年を迎えた。三つの旅客ターミナルビルの出発ロビーでは、成田国際空港会社(NAA)の社員が記念品として、「ありがとう」「成田空港40周年」と英語で記されたカードを添えたハンカチ1万2000枚を配布した。
同空港には現在、国内外の98社が乗り入れ、計43の国と地域の133都市を結ぶ。2017年度の旅客数は、開港時の5・8倍で過去最高の4093万9895人だった。
旅行で上海に向かった東京都江戸川区のマンション経営者(77)は「外国人も増え、もっと世界的に路線を伸ばしていく必要があると思う」と話していた。
先の四者協議会により、更なる機能強化が合意され、10年後の完成をめどに進められる三本目滑走路の建設や、B滑走路の再延長、夜間飛行制限の緩和が盛り込まれました。
当面は、夜間飛行制限の緩和をどのタイミグで開始するのか、そのために騒音地域住民のみなさまにどう理解を得ていくのかが今後の課題となります。
成田国際空港は、昭和41年に建設が閣議決定されましたが、建設用地にかかる住民などが反発する、いわゆる「成田闘争」が発生。
それにより、開港が昭和53年5月20日にずれ込みました。
依然として空港に対して反対の意を示す住民が空港敷地内に住み続けているなど「しこり」が解消されているわけではありません。
ですが、昨日のブログにも書いたように、過去最速で訪日外国人が1000万人を超える今の日本のインバウンドを支える国際線の基幹空港として機能しており、昨年には利用者は去年10億人を突破、130以上の都市に就航するほどに成長しています。
開港から40年を迎えた今日、成田市の屋台骨を担う成田国際空港の更なる発展を引き続き推進することはもちろんですが、今回の合意は、空港をもう一つ造る規模となります。
その意味でも「成田闘争」を教訓にし、いかに騒音地域住民のみなさまのご理解を得て、用地取得や防音工事などを進めていくか、皆様に寄り添った政策の推進に、議員としてだけではなく地域経済団体のメンバーとしても声を上げていきたいと思います。
それではまた明日!
千葉県議会議員
雨宮 しんご
Shingo Amamiya
- 昭和53年(1978年) 10月31日生 血液型/B型(さそり座)
- はくと幼稚園・成田市立吾妻小学校
- 吾妻中学校・平成3年「少年の翼に入団」中国国際交流
- 千葉県立富里高等学校
- ニュージーランドPapakura High Schoolへ1年間留学
- 高千穂商科大学・明治大学公共政策大学院(修士)
- 成田市議会議員 4期
- 第41代 成田市議会議長
- 第17代 関東若手市議会議員の会 会長
- 第33代 成田商工会議所青年部 会長
- 成田青年会議所OB
- 千葉県中小企業家同友会東総支部
- 千葉県富里高等学校同窓会 会長
- 中学校PTA会長
- 日本サーフィン連盟公認インストラクター
- 海上安全指導員
- ※歴任を含む