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雨宮しんごの活動日記

阪神大震災から四半世紀という節目。風化させずに胸に刻み、強い街づくりを推進します。

日々の活動

みなさんこんにちは、成田市議会議員の雨宮しんごです。

 

 

今日で阪神淡路大震災から四半世紀、25年が経過しました。

 

当時高校1年生だった私は、留学中だったためニュージーランドでこの報道を知ることになりました。

 

まるで何かの映画のワンシーンをみているような、変わり果てた街並みに唖然となり、自然災害の脅威と抗うことの無力さを感じたことを今でも覚えています。

 

 

阪神・淡路大震災(1995年)

【世界の出来事】:阪神・淡路大震災(1995年1月17日)

提供:Fujifotos/アフロ

1995年(平成7年)1月17日5時46分頃、淡路島沖の明石海峡を震源として、マグニチュード7.3、最大震度7の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生した。当初発表では神戸市などは震度6であったが、その後の現地調査で震度7に修正され、1948年(昭和23年)の福井地震を契機として新設された「震度7」が適用された初めての地震となった。

震源に近い神戸市の市街地の被害は甚大で、死者6,434人、行方不明者3人、負傷者43,792人、被災家屋約640,000棟は、戦後に発生した自然災害では、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであった。

最大30万人以上が避難生活を送り、都市機能回復まで長期間を要した。また、山陽新幹線や阪神高速の高架橋が倒壊するなど交通インフラにも大きな被害を受けた。

一方で、全国からボランティアが被災地に駆けつけ、「ボランティア元年」とも称された。翌1996年(平成8年)からは、1月17日が「防災とボランティアの日」に制定され、この前後の1月15日から21日までの「防災とボランティア週間」とともに、ボランティア活動および自主的な防災活動普及のための講演会や展示会が全国で実施されている。

1995年1月25日の政令により、激甚災害法に基づく激甚災害に指定された。

 

 

 

昨年発生した一連の台風災害により、成田市は”被災地”を経験しましたが、こうして阪神淡路大震災の写真をみると、都市部において生死に直結する災害は、予見することができない「地震」なんだと再認識します。

 

一刻も早く昨年の台風災害から復興していかなければなりませんが、予見不能な地震への備えも決して忘れてはなりません。

 

 

近い将来に起きるとされている南海トラフ巨大地震を巡り、紀伊半島―九州の海岸から数十キロ沖合の海底下でプレート境界が強い揺れを出さずにずれ動く「ゆっくり滑り」が2008~18年に少なくとも4回発生したのを観測したと、東京大と海上保安庁のチームが15日までに発表した。想定される震源域の南側、深さ20キロより浅い地下とみられるが、巨大地震との関係は分かっていない。

 

昨日の報道に、南海トラフ巨大地震の想定震源域内の海底下で、陸側のプレートが時間をかけてゆっくりずれていく、「ゆっくりすべり」という現象が、複数回発生していたことが明らかになったと出ていました。

 

今年に入ってからも既に二度(3日朝の地震は緊急地震速報の音で目を覚ましました)、成田市でも地震が発生しています。

 

南海トラフ地震、成田市を含む首都直下型地震については30年以内に70%の確率で発生するとされています。

 

命を守る備えを、日ごろから意識していくことの必要性を感じます。

 

発生から四半世紀と節目迎えた阪神淡路大震災ですが、決して風化させることなく胸に刻み、引き続き強い街づくりを推進すべく声を上げていきたいと思います。

 

それではまた明日!

成田市議会議員

雨宮 しんご

Shingo Amamiya

  • 昭和53年(1978年) 10月31日生 血液型/B型 (さそり座)
  • はくと幼稚園・成田市立吾妻小学校
  • 吾妻中学校・平成3年「少年の翼に入団」中国国際交流
  • 千葉県立富里高等学校
  • ニュージーランドPapakura High Schoolへ1年間留学
  • 高千穂商科大学・明治大学大学院 修士
  • 成田青年会議所・成田商工会議所青年部
  • 日本サーフィン連盟公認インストラクター
  • 海上安全指導員